日本教育社会学会第74回大会にて2021年度日本教育社会学会第10回奨励賞(論文の部)の授賞式が開催されました.
受賞論文と受賞の言葉,受賞理由は次のとおりです.
【受賞論文と受賞の言葉】
石野未架 (同志社大学)
2020,「教室のなかの教師の『権力性』再考:IRE 連鎖における正当的権威の維持」日本教育社会学会編『教育社会学研究』第107 集,pp.69-88
この度は栄誉ある章にご選出いただき誠にありがとうございます。本論文は、教室における教師の権力性という主題に会話分析の視座から取り組んだものです。教師の権力がいかに生徒たちとの相互行為のなかで維持され、また脅かされるのかについて、先行研究との関わりから議論することを試みました。この議論が読み手に伝わるものとなったのは、一重に、根気よく拙稿と向き合って下さった匿名の査読者の方々のおかげです。この場で改めて御礼を申し上げます。
また、応用言語学を専門としてきた私にこのような教室の相互行為への視点を与えてくださったのは、大阪大学の教育社会学研究室の皆さまです。博士1年の頃、研究科も専門も異なる私の勝手なお願いを聞いて下さり、快くゼミにお邪魔することを許してくださった講座の皆さま、中村瑛仁先生、高田一宏先生、志水宏吉先生に改めて御礼申し上げます。留学までの短い期間ではございましたが、皆様と過ごした時間は間違いなく私の財産となっております。今回の受賞に慢心せずに、今後も精進してまいります。
荒木啓史 (香港大学)
2020, “Educational Expansion, Skills Diffusion, and the Economic Value of Credentials and Skills”, American Sociological Review, Vol. 85(1): 128–175.
この度は、栄えある賞を頂き、誠にありがとうございます。
論文の執筆にあたってアドバイスをくださった方々、貴重なお時間を割いて審査してくださった選考委員会の皆様、拙稿がAmerican Sociological Review(ASR)に掲載されて以降、様々なチャネルを通じてフィードバックをくださった方々に、心より御礼申し上げます。
また油布委員長からご案内のあった受賞理由の中で、拙稿のコンセプトや分析アプローチ、国際ジャーナルへの架橋的役割などを高く評価いただき、光栄に感じております。他方で、今回の論文には少なからず課題(発展可能性)もあると認識しています。例えば、他の奨励賞受賞作と比べると、拙稿は大きな枠組みを設定することが一つの主眼だったこともあり、地に足の着いた帰納的な議論を十分に展開できておりません。特に、実証分析の中で、大卒学歴やPIAACで測定されるスキルを、国をまたいで等価なアセットとして扱っていますが(受賞理由でも言及いただいているように、「一般化可能なモデルを提示するために」敢えて採用した戦略ではございますが)、実際には同じ学歴やスキルレベルであっても、その「意味」は社会によって大きく異なるはずであり、そうした実相を丁寧に見極めることが今後重要になると考えています。こうした点は、ASR掲載後に複数の本学会員と拙稿について議論をさせていただいた場でも、ご指摘を頂戴しているところです。そこで今後は、ASR論文で採用したようなマルチレベル分析のアプローチとあわせて、各社会において教育拡大やスキル普及が時系列でどのように進展し、それに応じて教育・スキルの価値や社会階層・不平等の構図がどのように変化するのか、比較社会学の観点から検証していく所存です。その際、多喜弘文先生にリードしていただき森いずみ先生ともご一緒したレビュー論文(2022『教育社会学研究』第110集pp.307-348)で論じているように、個別社会の実態を単に記述するだけでなく、国際的にどのような共通パターンと異質性があるのか、それに照らして日本や他社会をどのように位置づけられるのか、さらには「特徴的」と見られる日本の状況を一つのレンズとして他社会をどう読み解くことができるのか、追及していきたいと思います。それに向けて、27か国を対象に教育拡大・スキル普及のトレンドを分析して社会類型論を試みた論文が、先月(2022年8月)Higher Educationに掲載されましたので、ご関心ございましたら是非ご笑覧いただければ幸いです(”Beyond the high participation systems model: Illuminating the heterogeneous patterns of higher education expansion and skills diffusion across 27 countries” https://link.springer.com/article/10.1007/s10734-022-00905-w)。宣伝のような結語となり恐れ入りますが、これから引き続き会員の皆様と国境をまたいで教育社会学研究を盛り上げたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
【授賞式の様子】
【受賞理由】
1)石野未架殿「教室のなかの教師の『権力性』再考:IRE 連鎖における正当的権威の維持」(2020 教育社会学研究 第107 集 日本教育社会学会編 pp.69-88)
本論文は、授業場面での教師の「権力性」について、先行研究を丁寧に検討し、Weber, Metz, Paceらの議論をトレースしたうえで、新たな地平を切り開こうと試みた画期的な論考である。授業場面のIRE 連鎖に教師の権力性を見出す従来の研究においては、知識をめぐる教師と生徒の非対称性を顕わにするE(評価)の部分に議論が集中していた。これに対し、本論文ではI の部分、すなわち教師による生徒への発言機会の分配に着目し、Weber の正統的権威およびMetz やPace の道徳的秩序の概念を手掛かりとし、教師が道徳的秩序を示しつつ正当的な権威を維持している現状と、そうした相互作用のプロセスに潜む脆弱性を、75 授業時間という長期のフィールドから得られた授業場面の詳細な分析によって明らかにした点が高く評価された。
特に興味深いのは、発言意欲の旺盛な小学生ではなく、だれも挙手する生徒がいないというような、発言に消極的な中学生の授業場面を分析対象とした点である。教師は発言機会の分配ルールを変えながら道徳的秩序を保ったり、授業の進行に問題をきたすことになったとしても、一度壊された道徳的秩序の修復を優先させようと試みたりしている。このような「正統的権威」維持の行動が、明確に知見として示されたことの意義は大きい。
現場の教師にとっては経験的で自明な結論ではないかという意見や、フィールドワークから抜粋された場面の解釈は、もっと多義的ではないかという意見も、選考委員会の中では議論された。しかしながらこうした意見も、本稿の目的・方法の妥当性、データの面白さ、結論の明確さ、今後の研究への波及効果を損なうものではない。なによりも、教師の権力性をIRE 連鎖に見出す際のオーソドキシーを打破し、これに開かれた議論を提供する研究として位置づけられたことが、学会奨励賞選定の理由となった。
2)Satoshi Araki “Educational Expansion, Skills Diffusion, and the Economic Value of Credentials and Skills”, American Sociological Review 2020, Vol. 85(1) 128–175
本論文は、教育の経済的価値という教育社会学の伝統的なテーマについて、学歴とスキルを明確に区別し、それを組み合わせることによって、学歴・スキルの類型と職業達成や賃金がどのように結びついているか、さらにまた、高学歴化やスキルの普及に応じてこれがどのように変動するかという問いに、国際データを用いて答えようとした野心的な論考である。
先行研究の検討においては、人的資本論、シグナリング理論、社会的閉鎖理論などの代表的な理論を手際よく紹介しており、当該領域の専門家でなくてもこれまでの研究の流れが理解可能な優れたレビュー論文となっている。学会内での関心が分散化する中で、より広い読者層にアピールできるレビューは貴重なものであり、高く評価できる。
また本論文の特徴は、教育の経済的価値についての一般化可能なモデルを提示するために、特定社会のコンテクストに縛られないデータを用いる必要から、OECD 国際成人力調査(PIAAC)のデータを用いた点、スキルと学歴を区別し考察し、動態の分析を行った点にある。
本論文のテーマについては、近年、教育経済学などの近接科学からのアプローチがめざましく、学問領域を超えた議論に晒される領域でもある。本論文での指標の取り扱いや、分析手法、知見等については、教育社会学内部のみならず、このような領域からも、今後議論の挑戦を受けるものとなろう。今後のさらなる展開を期待したい。
近年、若手研究者の間で、国際的なジャーナルへの投稿が模索されている。本学会賞が若手対象の賞であることを踏まえれば、国際的なトップジャーナルへの投稿、掲載は、若手研究者に対して大いに刺激になると考えられる。この点も、受賞の大きな理由となったことを特筆したい。
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