日本教育社会学会第76回大会にて2023年度日本教育社会学会第11回奨励賞(論文の部)の授賞式が開催されました.
受賞論文と受賞の言葉,受賞理由は次のとおりです.
【受賞論文と受賞の言葉】
田中 祐児 (東京大学大学院)
2023, 「貧困者の子どもの有無が貧困の帰責に与える影響:オンラインサーベイ実験による検討」『社会学評論』Vol.74, No.3, pp. 502-517.
この度は栄誉ある賞にご選出いただき、誠にありがとうございます。選考委員会から身に余るお言葉を賜り、深く感謝を申し上げます。
本論文は、貧困対策として「子どもの貧困」に注目が集まるなか、「子どもの貧困」を強調することによって、かえって「大人の貧困」が蔑ろにされてしまうのではないか、また子どもの内部においても、期待されるリターンの大小によって分断が生じるのではないか、という懸念を、サーベイ実験の手法を用いて検討したものです。結論として、「子どもの貧困」を推し進めることの課題が浮き彫りになり、今後の社会保障政策を構想するにあたって、一定の示唆を与える研究になったと考えております。
この研究成果は、多くの方々のご支援なくしてはなし得ませんでした。大阪大学の学部時代にご指導いただいた志水宏吉先生や髙田一宏先生、修士課程以降、指導教員としてお世話になった仁平典宏先生のほか、本田由紀先生や中村高康先生に心より感謝申し上げます。また、ここで全ての方のお名前を挙げることは叶いませんが、多くの先生方、先輩、同級生、後輩の皆様からも、貴重なご意見と励ましをいただきました。
阪大から東大に進学したことで、「脱藩」と冗談混じりに言われたり、ご想像されるとおり、文化の違いに戸惑うことがあったりしましたが、これまでに関わっていただいた全ての方のおかげで、このような栄えある賞をいただくことができました。
この受賞を励みとし、慢心することなく、これからも教育社会学や社会学の発展に貢献してまいります。重ねて、この度は誠にありがとうございました。
太田 知彩 (立教大学)
2022, 「なぜ留学するのか?:「グローバル人材」の再生産戦略に着目して」『教育社会学研究』第110集, pp.169-189.
この度は、栄誉ある賞にご選出いただき、誠に光栄に存じます。本論文の査読および審査に際し貴重なお時間を割いてくださった編集委員会並びに選考委員会の皆様、また、論文執筆に際してご指導いただいた先生方に、深く御礼申し上げます。
本論文は、「グローバル人材」と呼ばれる人々は「なぜ留学するのか?」という問いを、出身階層や地位達成との関連から検討したものです。日本の教育社会学において海外留学は十分に注目されてきませんでしたが、近年重要な課題となっている格差や貧困、不平等といった問題に、社会階層上有利な立場にある「グローバル人材」の視点からアプローチしたことは、学術的に重要な意義を持つと考えております。しかしながら、本論文にはなお多くの課題が残されていることも自覚しております。今後、これらの課題を少しずつ解決できるよう、引き続き調査研究に邁進していく所存です。
今回の受賞を励みに、今後とも教育社会学の発展に貢献できるように精進してまいります。引き続きご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
中西 啓喜 (桃山学院大学)
2022, 「学級規模を通じた衡平性と適切性の実証的検討:全国学力・学習状況調査における小学6年児童・学校・都道府県のマルチレベルデータから」『教育社会学研究』第110集, pp.283-303.
この度は栄誉ある賞にご選出いただき誠にありがとうございます。拙論は、学級規模を補助線に位置づけることで教育制度の実証的分析を試みたものです。執筆のプロセスで、制度というのはその社会の理念を具現化するためのものだと理解しました。換言すれば、制度を勉強することでその社会が掲げる理念を把握できるということです。日本の義務教育は、学級数に応じて教員配置をすることを基準に教育的「平等」が設計されています。学級規模と教師1人あたりの児童生徒数がほぼイコールな関係であるため、学級規模と学力の関連を実証的に分析しました。最近では、教育制度(政策)の議論において科学的エビデンスが求められるようになってきました。この趨勢が必ずしも正しいとは考えておりませんが、エビデンスが必要であることはもっともだとも考えます。拙論は、こうした現代社会において教育政策の議論に向けたエビデンスを導出したものと位置づけていただければと思います。
拙論は、掲載に至るまで匿名の査読者に非常に上手に議論を導いていただきました。そして、非常に幸運なことに文部科学省全国学力・学習状況調査の個票データを分析する機会に恵まれました。このような機会を与えてくださった耳塚寛明先生(お茶の水女子大学名誉教授)、浜野隆先生(お茶の水女子大学教授)、その他の関わってくださった先生方にこの場をお借りして改めて御礼申し上げます。
このように振り返ると、決して私一人で執筆した論文ではないのだとつくづく実感いたします。今回の受賞に慢心せず、今後も精進してまいります。
【受賞理由】
1)田中祐児, 2023, 「貧困者の子どもの有無が貧困の帰責に与える影響:オンラインサーベイ実験による検討」『社会学評論』Vol.74, No.3, pp. 502-517.
本論文は、貧困者の救済責任を帰属させる主体として、行政・貧困者の親族・貧困者本人の3つを想定し、貧困者の子どもの成績の優秀さが救済に関する意識にどのように影響するのかをオンライン調査実験によって明らかにしたものである。理論的には、「子どもの貧困」政策に伏在する「大人の貧困」との分断問題を設定し、貧困の救済責任を説明するメカニズムとして、社会的投資論と家族主義を簡潔に論じ、明快な仮説を導き出している。そしてウェブ調査における「ランダム化要因配置実験」の手法を用いて仮説の検証を行っている。
実験結果としては、貧困者に成績優秀な子ども(男女とも)がいる場合、行政へ救済責任を帰属させる意識が強化される。また成績の良し悪しに関わらず、子どもがいることが、親族への救済責任、貧困者本人への救済責任を高める。このような研究結果から、社会的投資論に対しては、子どもの有無、またその成績によって貧困に対する公的支援意識が分断されるリスクがあり、親族の責任を重視する意識から家族主義の根強さも示唆されている。
本論文は、研究手法として「ランダム化要因配置実験」によって因果分析を行なっている点が高く評価される。ウェブ調査でヴィネットに含まれる情報を無作為に変化させ(要因配置実験)、観察データに伴う内生性や交絡効果の影響を除去し、平均措置効果(ATE)を厳密に推計する手法が用いられており、子どもの貧困という社会学的に関心の高いテーマに因果推論を応用することに成功している。また本論文の分析は、「子どもの貧困」政策に焦点化することが、皮肉にも「子どもの貧困」問題の個人化を促し、貧困一般の公的な解消を目指す戦略の躓きとなることを示した点も注目に値する。
福祉レジーム論の近年の展開が踏まえられておらず、日本の位置付けが十分説明されていない点、「子どもの貧困」に代わるどのような言語戦略が可能かについての考察も求められるのだが、明快な問題設定とオリジナルな調査実験の結果から得られた知見が「子どもの貧困」問題に関する言説に対する社会学的理解に貢献するところがたいへん大きいので、学会奨励賞に値すると評価できる。
2)太田知彩, 2022, 「なぜ留学するのか?:「グローバル人材」の再生産戦略に着目して」『教育社会学研究』第110集, pp.169-189.
本論文は、ブルデューの文化的再生産の視点を用い、「グローバル人材」と呼ばれる留学経験者の留学動機の語りから、地位達成の再生産戦略を描き出そうとする研究である。「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」(以下、トビタテ)の参加者から、スノーボールサンプリングによって集めた38名に対するインタビュー調査を基にする。「トビタテ」の採用者を対象とすることで、学位取得に限定されない留学の研究になっている。「トビタテ」に採用された留学生は、社会経済的に恵まれた家庭環境の出身であり、短期留学の動機について、高い地位の達成をストレートに表明するのではなく、「楽しそう」や「面白そう」といった美的性向に基礎づけられた表出的な動機を語る傾向が強い。本論文は、トビタテの留学生が留学動機を自己実現に基づくと語ることで、逆に地位達成を目指す留学生からの卓越化への志向が潜んでいるところを浮き彫りにしている。
問題設定から先行研究の検討、分析の視点、インタビューの結果と記述はわかりやすく丁寧であり、巧みに構成されており、完成度も高い。文化的再生産論のみならず、東・東南アジアからの諸外国への留学生を対象とした研究や、イギリスから非英語圏への留学生の留学動機を検討した研究など、先行研究への言及が適切になされ、手堅い議論が展開されている。「グローバル人材」を階層の再生産という視点から考察し、東アジアと比較した日本の特徴を指摘した点が新しいと評価される。
しかし再生産を語るためには、表示された父母の職業、学歴では高階層であるかが明確に判断できず、より詳しい記述が求められる。また再生産よりも、同質的な日本の大学生の間での微細な差異化の戦略の側面が描かれているようにも読める。「グローバル文化資本」についての考察を深めるためには、短期留学経験者だけではなく長期留学を含めた分析が必要である。
以上のような課題があるが、インタビューから得られた知見はたいへん興味深く、質的調査に基づく優れた研究として学会奨励賞に値すると評価できる。
3)中西啓喜, 2022, 「学級規模を通じた衡平性と適切性の実証的検討:全国学力・学習状況調査における小学6年児童・学校・都道府県のマルチレベルデータから」『教育社会学研究』第110集, pp.283-303.
本論文は、教育行政の地方分権化が本格化し、全国学力テストのスコアが公表され始めた現在、小規模学級が児童の学力向上や格差是正について適切な編成と言えるのか、平成29(2017)年度に実施された「全国学力・学習調査」における小学校6年の個票データに児童・学校・都道府県のマルチレベル分析を適用して検討するものである。分析では、都道府県数の少なさに配慮して、ベイズ推定を用いている。
分析結果として、20人以下の小規模学級編成が学力を有意に高める結果は先行研究に一致すること、都道府県レベルの一人当たり教育費が学力を有意に底上げしていること、そして何よりも20人以下の小規模学級編成が児童SESによる学力(算数)のSES格差を有意に抑制する交互作用効果が示されている。
問題の所在や先行研究の整理、手続き、結果が明快で手堅くまとめられた優れた論文である。一般に提供されたデータに対して、利用可能な統計手法を厳密に適用して一定の結果を導いている点で、計量的な研究の定跡を丁寧に踏んだ論文である。ただしデータ上の制約があり、児童のSES(社会経済的地位)が家庭の収入、父学歴、母学歴の単純な平均値として測定されていて、かなり粗雑に処理された変数となっている。そのため「児童SES X 学級規模」の回帰係数の推定値から小規模学級の効果が実質的にどの程度か判断が難しい。
したがって著者は、データ上の限界をふまえて、分析結果について、自治体や国が小規模学級を推進する上での財政支出に正当性を与えるのものだが、あくまで算数のSES格差の是正に限ったエビデンスを提供したにすぎず、学力以外の成果や費用対効果、少人数学級と教師の質のトレードオフの関係は残された課題であると述べている。
このような著者の慎重なスタンスは、得られた知見の学術的価値とともに、エビデンス重視の教育政策的研究がとるべき方向性を示した点で今後の研究の模範となるものであって、学会奨励賞にとくに適すると判断する。
学会奨励賞受賞者のページも御覧ください。