大阪大学 近藤博之
2016年2月
どんな偶然が重なったのかは知りませんが,この度,教育社会学会の会長職を仰せつかることとなりました。このような形で表に立とうと考えたことはなく,またその資格があるとも思っていなかったので,知らせを受けたときはたいへん驚きました。まさに青天の霹靂です。大いに迷いましたが,自分も投票権を行使しておいて,その選挙の結果を受け入れないのは筋が通らないような気がして,お引き受けすることにしました。引き受けてはみたものの右も左もよく分からず,事務局の皆さんに手取り足取り教えてもらいながらの出発です。
ご挨拶にあたり私の基本方針を述べさせていただくなら,「何ごとも会員サービスを中心に学会運営を行いたい」の一言に尽きます。当たり前のことですが,学会は出入り自由のボランタリーな組織ですので,会員の皆さんがつねに魅力を感じるような存在でなければなりません。柱となるのは年次大会の開催と学会誌の発行です。会員の側からするなら,学会誌を図書館やインターネットで閲読して自分の興味関心を満たす以上の魅力が,そこに見出せるかどうかの問題です。学会運営を託された者として,何はさておき会員による研究発表の機会,会員相互の交流の場を拡充していかなければなりません。
さらに言うなら,その他の事業もすべて会員の年会費によって支えられています。運営側としては,10万円,100万円単位の年度予算の枠組みとともに,個人が支払った年会費の何%がどんな事業や活動に使われているか,それを会員がどれだけ納得しているかという視点をもつ必要があるでしょう。当然と言えば当然ですが,これは学会の収支には家計の収支とは異なる発想が必要になるという意味でもあります。たとえば,会員に向けて講演会や講習会を開催するのに50万円の予算が必要だとします。その額は決して小さくありません。しかし,会員数で割れば一人当たり350円程度の負担です。講演内容に異論はあっても,年会費の3%がそのような事業に使われることに対しては恐らく強い反対はないでしょう。家計の感覚では,この50万円の壁を超えることがなかなかできません。
さて,本学会の創設は1949年(昭和24年)ですので,もうすぐ70年の長きに達します。この間,教育社会学は教育と社会の多面的な関係を実証的に研究する学際的分野として確立されてきました。学会の紀要がウェブ公開されているので,創設時から現在までの研究の足跡を確認することができますが,それについては2つの感慨があります。1つは,この学問分野が紛れもなく学校制度の展開に即して発達してきたということです。したがって,社会の学校化が進んだ現代において立てるべき問題や現実へのアプローチが,高校進学率が5割前後であった学会創設時と同じであるわけがありません。また,大衆化が進んだ1970年代(私の世代が教育社会学を学び始めたのはちょうどその頃でした)とも違っているでしょう。そうした社会の動きを鋭敏に感じ取り,本質を突く新しい研究テーマを立てることは教育社会学が得意としてきたところであり,現在も期待されている重要な役割だと思います。
もう1つは,その反対に教育と社会の間にある十年一日の関係です。実際,半世紀以上前になされた現状分析が現代の状況を読み取ったものではないかと錯覚させられることがよくあります。とりわけ教育と階層の問題などがそうです。環境がどんどん変化しているのに関係がなぜ変わらないのか,それを明らかにするには変化を追い求めるのとはまた別の思考回路が必要になります。そのような取り組みも,教育社会学という学問につねに期待されてきたものであると言ってよいでしょう。「教育社会」というフィールドで行われている研究の魅力が広く世間に伝わるように,学会のさまざまな活動を通して追求していきたいと考えます。
少なくとも,学会大会に参加すれば普段の生活にない知的刺激を受け,リフレッシュされるといった環境を維持していきたいものです。若い人が権威に阿ることなく,伸び伸びと意見が言える雰囲気づくりも大切です。これらの点について,本学会はこれまでかなり上手に開放的かつ柔軟な組織運営を行ってきたように思います。今期も若い人たちに事務局運営に関わってもらい,一緒に議論しながらできるだけ多くの人が満足するような学会運営を目指していきます。結局のところ,これまで本学会が培ってきた長所を維持し,次の執行部に引き継ぐくらいのことしかできませんが,私自身も長らく愛着をもって関わってきた学会ですので,多少とも皆様のお役に立てるように微力を尽くしたいと考えています。会員の皆様のご支援,ご指導を賜りますよう,よろしくお願いいたします。