会長就任のご挨拶(加野芳正)

加野芳正

香川大学 加野芳正

2011年10月

 

 この度、耳塚寛明先生(お茶の水女子大学)の後を受けて、日本教育社会学会会長をお引き受けすることになりました。浅学非才、立派な研究業績もない私が、また、地方の弱小国立大学に身を置いている私が、伝統ある日本教育社会学会の会長にふさわしいのか、躊躇がないわけではありません。会長のもっているシンボル機能という基準に照らせば、もっとふさわしい方がたくさんおられると思います。他方で、日本教育社会学会は1500人近くの会員を擁するまでに拡大し、単なるシンボルというだけでは会長職は勤まりません。学会の進むべき方向を慎重に見極め、教育社会学というフィールドで一人ひとりの会員の研究交流が進み、より質の高い研究業績を産出できるように舞台を整えてくことは、会長としてのもっとも重要な役割です。これはマネジメントの機能に属することです。この点での私の才能は未知数ですが、大学での管理職の経験等を活かしながら、教育社会学の発展に全力を尽くす所存です。

 とは言え、マネジメント機能は、会長が独りで担えるものでは決してありません。幸いなことに、教育社会学会の運営体制は、新井元会長のもとで理事を中心とした運営体制が提案され、その理事を中核とする常務会が学会を動かすエンジンの役割を果たしていくことになりました。こうした運営体制は耳塚前会長のもとで確立し、これによって学会運営がずいぶんとシステマティックになりました。私はこの仕組みを最大限活用させていただくことによって、学会活性化のための積極的な展開を図っていきたいと思います。

 

 戦後に生まれた教育社会学は、教育学からみても社会学からみても、その中心からは離れた学問でした。しかし、直面する教育問題に対する積極的なチャレンジ、社会学的知の開発、データに裏打ちされた論議、常識にとらわれない発想を武器として著しい成長を遂げ、今や教育関係の大学・学界において中心的位置を占めるに至っています。半面で、このことが新たな問題を惹起することにもなります。

 第一に、学会の規模が拡大してくると、教育社会学のアイデンティティが拡散を始めます。2003年から科研費の分類枠組みに「教育社会学」が独立細目として立てられましたが、この「教育社会学」は広く教育の社会科学的な研究の総称として用いられていると理解できます。それと同じように、教育社会学会も現実的な教育問題や政策的な研究の受け皿になるという側面が強くなり、「社会学的」研究に必ずしもこだわらない研究が増えてきます。そのことが教育社会学の研究にどのような影響をもたらすのでしょうか。前期の常務会企画部からは「学会大会の発表事前審査の導入について」が報告されていますが、研究発表が学会としての水準に達していないものがあるのではないかという問題意識から出発していることは明らかです。半面で、異種交配という言葉があるように、研究分野を異にする人々の交流は新たなブレークスルーを導くことがあります。教育社会学の裾野が広がることは、決してマイナスではありません。会員数が1500人を超えようとしている現在、学会をどのように運営し、学会としての統合を図りつつ研究のレベルを高めていくのか。まずは学会の現状認識について、常務会の皆さんとじっくり話し合っていきたいと考えます。

 第二に、教育研究における教育社会学の責務とどのように向き合うかという問題です。教育社会学会が教育研究の周辺に位置していた時代には、教育社会学のことだけを考えていれば良かったのですが、中心部に位置づくにつれて教育研究の全体を考えていく必要性に迫られています。教育社会学会とは疎遠な関係にあった日本教育学会においても、今や教育社会学者の存在が大きくなっているのは、このことの表れと解釈できます。そうであれば、日本の教育研究の重要な一翼を担っているということに、改めて自覚的でなければなりません。教育研究は学校をはじめとした「教育現場」や「子どもの成長」と無関係ではいられません。その教育現場は学問的知とは無関係なところで進み、しばしば失敗を繰り返しています。学問的な知と教育実践をどのように結び付けていくのか、社会への情報発信が今以上に求められます。本会の「研究倫理宣言」には、教育社会学の活動は「人間の幸福と社会の福祉に貢献することを目的とする」とあります。私たちの活動がどういう形で貢献できているのか、このことを自問し、検証していかなければなりません。また、日本の社会科学の中の教育社会学の位置づけも大きくなり、日本の社会科学がどうあるべきかといった問題意識の中で、教育社会学のあり方を考えてみる必要があります。自然科学分野のめざましい発展を横目に、社会科学や人文科学のありようが問われているように思います。

 

 少し抽象的な議論になりましたが、学会の国際化、学会のウェブ化、次代を担う若手研究者の育成など、耳塚前会長のもとで進められてきた事業は継続していかなければなりません。その上で、学会運営にどのように反映されるのかは定かではありませんが、教育の社会学的研究はどこに向かっているのか、どこに向かうべきか、こうした問いを大切にしながら、学会の運営に当たっていきたいと思います。会員の皆さまのご支援を宜しくお願いします。