お茶の水女子大学 耳塚 寛明
2008年1月
2007年8月のある日、たまたま出張中の地方空港で、新井郁男前会長より会長に選出された旨電話を受けました。もとより歴代会長職を務められた諸先生方とは学問的にはもちろん組織運営の力量においても、また人間的な器量においても大きな隔たりがあり、とても私ごときがお引き受けできるとは思えず、回答を保留しました。しかしながら、私自身これまで教育社会学会というコミュニティを背景にその恩恵を受けつつ禄を食んでまいりました。その学会組織の意思決定に対して、多忙以外特段の理由もなくこれを辞すことが可能であるとするならば、ボランタリーな組織たる学会など成立するはずもありません。逡巡の上、翌日新井先生に受諾の連絡を差し上げました。対外的な学会の顔としても、また組織運営においても、力不足を自認しております。酒井朗事務局長をはじめとする常務会メンバー、理事の先生方、会員諸氏のご助力がなければ、2年間の任期をまっとうする自信がありません。どうかご支援をお願い申し上げます。
学会の使命は、研究活動の活性化と研究活動を通じた社会的貢献にあります。私が教社学会に入会した当時、会員は600名に過ぎませんでした。いま会員数は倍増し、1400名を数えます。会員数が増加することは悪いことではありませんが、同時に、規模の拡大にともなういくつかのアンビバレンツをどう解消していくのかという課題に直面することになります。規模の拡大は教育社会学の裾野が広がることを意味しますが、質的低下をも惹起します。会員の専門領域が拡大して教育社会学会がカバーする領域が広まることは、他方で学会としての求心力の低下を招きます。専門分化が進み専門的研究が深化することにより、共通のことばが失われ、分裂の契機ともなります。normal science化が進行し、意義ある革新的な研究が生まれにくくなります。研究生産のための論文作成とそれを通じた個人の地位達成に会員の関心がいっそう向けられ、研究生産が寄与すべき知的世界の存在が忘れ去られる事態も想像できます。学会運営に対する会員のスタンスも、主体的貢献を志向した参加からサービスを受け取るだけの顧客的関与へと変質していきます。これらのアンビバレンツのすべてが学会規模の拡大に起因するということはできませんが、原因はともかく、アンビバレンツへの対処を誤れば、学会の存立基盤が揺らぎ、社会科学としてのミッションを果たし得ない形骸化した学会組織だけが残ることになるでしょう。日本教育社会学会はいま、こういう危機に直面しているのだと思います。
大きな課題にどう対処していくのかから考え、実行できることから実現させていきたいと思います。第一に、前期理事会からの最大の引き継ぎ事項である、担当理事制をはじめとする理事会主体の運営体制の確立をはかることが課題です。それは、責任ある運営体制の構築を通じて業務運営を効率化し、必要とされる事業をしっかりと実行するための基盤づくりを意味します。一部の若手事務局員に実際の運営を委ねるのではなく、選ばれた理事の先生方に学会運営を担っていただくことにより、求心力の低下に歯止めがかかることも期待されます。運営体制の基盤づくりは、研究活動と教育活動の活性化を帰結しなければなりません。とりわけ、次世代教育社会学研究者育成のための支援事業が必要です。
対外的には、とくに東アジアの教育社会学研究界との交流・連携をはかるため、それに資する情報と機会を会員諸氏に提供する体制を整備したいと思います。短期的には意義ある交流がどれだけ生まれるのかわかりませんが、長期的にみれば確実に対処すべき課題です。
研究活動の成果や可能性を、学会が組織として社会的に発信していくための広報活動の充実も課題です。変動の激しい教育改革の時代にあって、私たちの学会が政策の帰趨を左右するポテンシャルを持った知見を蓄積しているとすれば、それを広く社会に向けて発信することはとても重要なことだと思います。研究成果に基づくたしかな発言が今以上に受け入れられるとすれば、結果的に教育社会学の意義が理解され、地位が向上し、また学会員にとってのマーケットは拡大していくでしょう。
会員諸氏のご支援を、重ねてお願い申し上げます。