日本教育社会学会第75回大会にて2022年度日本教育社会学会第10回奨励賞(著書の部)の授賞式が開催されました.
受賞著書と受賞の言葉,受賞理由は次のとおりです.
【受賞著書と受賞の言葉】
濱 貴子 (富山県立大学)
2022,『職業婦人の歴史社会学』晃洋書房。
このたびは、栄えある賞を賜り、まことにありがとうございます。学会奨励賞選考委員会委員長の油布佐和子先生より受賞理由につきまして身に余るお言葉を賜り、たいへん光栄に存じます。
本書は、「ジェンダーギャップが大きく、生きづらさを感じる日本の社会的状況の源流には何があるのだろう?」「生きづらい状況を変え、乗り越えていくにはどのような声を上げ、働きかけていけばいいのだろう?」という問いに対して、今から100年ほど前の戦前期、「職業婦人」と呼ばれた女性たちが増え始めた時代につくられ・変容していった、女性の働き方に関する仕組みや、働く女性に対する世の中の人たちの考え方、すなわち、中流女性と職業をめぐるジェンダー秩序を歴史社会学的に明らかにすることによってアプローチいたしました。
修士課程2年生の2007年春に職業婦人研究をはじめ、2020年春の学位授与を経て、2022年春の学位論文をもとにした本書出版までおよそ15年、研究や生活のうえでの紆余曲折や試行錯誤を経てようやくまとめることができました本書に対して、このようなご評価をいただき、たいへん嬉しく存じます。貴重なお時間を割いて審査してくださいました選考委員会の先生方に心よりお礼申し上げます。本書には当時の職業婦人の実態へのアプローチが不十分であるなど課題も残されておりますし、本書刊行後にも多くの方からたいへん貴重なご批評やご感想を賜りました。今後の研究に取り組むなかでそれらの課題にお応えしてまいりたく存じます。
現在に至るまで、本当に多くの方々のお世話になり、励まされ、鍛えられ、温かく見守っていただきますなかで、研究者として育てていただいております。指導教員の稲垣恭子先生はじめ、学位論文の副査をお引き受けいただきました竹内里欧先生、佐藤卓己先生、学部時代や修士課程・博士後期課程、就職後も、授業やゼミ、研究会・学会等でご指導・ご交流をいただいております先生方や先輩方、親しくしていただいておりますみなさまに心より感謝申し上げます。
最後になりましたが、教育社会学の発展に貢献できますよう、今後も精進してまいります。今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。
都島 梨紗 (岡山大学)
2020, 『非行からの立ち直りとは何か 少年院教育と非行経験者の語りから』晃洋書房。
この度は、栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。貴重な時間をかけてご審査くださった選考委員の先生方、ならびに書評や研究会など様々な折に、拙著に対してフィードバックをくださった皆様に心よりお礼を申し上げます。
本書は、2017年10月に名古屋大学大学院教育発達科学研究科において博士(教育学)の学位を受けた博士論文を再構成したものです。名古屋大学では、自由で温かい研究風土の中で修士・博士の期間、存分に研究を進められました。そのおかげもあり、「閉ざされたフィールド」の一つである少年院やその出院者への調査を遂行することが出来ました。
少年院出院者に調査をすると決めてから、私は常に「誰の立場に立つか」を自問しながら、研究を進めてきました。そして私は紛れもなく、これまで最も閉ざされており、声を発する機会を与えられてこなかった、少年院出院者の立場に立ち、進めてきました。
彼らのポジショニングから社会を捉え直すことにより、仲間集団の機能や、少年院が通過儀礼的な意味を持ちうること、被害からの「立ち直り」も重要なポイントであるなど、既存の少年処遇の捉え方とは別の知見を得ることが出来ました。しかし、少年院出院者の立場に立ったからと言って、少年処遇の問題点や彼らに不利益を強いる社会構造を批判する知見ばかりではありませんでした。少年院教育を肯定的に評価する人もいれば、搾取された労働環境の中で前向きに従事する人もいます。本書では、こうした構造的な問題を、十分に取り上げることができなかったため、引き続き丹念な調査を通して、検討を続けていきたいと考えています。
最後になりますが、調査にご協力をくださりました、皆様方にこの場をお借りして、お礼申し上げたいと思います。刺激的な経験をお話ししてくださる皆様のおかげで、研究をまとめることができました。ありがとうございます。
【受賞理由】
1)濱貴子『職業婦人の歴史社会学』(晃洋書房 2022)
本書は、戦前に登場した女子労働者である「職業婦人」について、先行研究を踏まえた明確な課題設定の下に、長年にわたって大量の資料と格闘し、緻密な分析を積み重ね、豊富な知見を導いた秀逸な研究の成果である。
この領域では、すでに「良妻賢母主義」や「女性解放」の研究、また現実に働く女性についての研究が多数存在している。こうした先行研究を整理し、本書は、「職業婦人イメージの形成と、良妻賢母主義との関係」という未開の分野に踏み込んだ。
本書の第Ⅰ部では、各種統計を用いた、女性の就業や学歴、特に高等女学校卒業者の就職率の分析等、中流女性と職業をめぐるマクロな社会状況を明らかにした点で意義がある。とくに、第二章では、比較的高い教育を受けた中流女性も存在した初期に比べ、職業婦人の位置づけに対する行政側の対応が、次第に「職業婦人」を労働市場における周辺的な位置に追いやりジェンダー秩序の形成へと水路づけた知見が示され、Ⅱ部の言説分析にもつながる説得力を付与する基盤となっている。
第Ⅱ部では、大正中期から日中戦争開始までの期間を対象に、中流から下層中流の、読者層が多少異なる三種類の雑誌と新聞の悩み相談を対象とした「職業婦人」についての言説分析が行われた。「職業婦人」は、主として公務自由業や商業分野の職業に就く女性であるが、それを「たしなみ系」「学術教養系」「事務・サービス系」に分類し、どのような言説が形成され、変容を遂げたかを明らかにしている。その際、同一の雑誌において必ずしも一枚岩的な「職業婦人像」が示されているわけではなく、「論説」「手記」「レポート」などで、記事内容は異なっている。本書は、こうした目配りも怠らない。分析にあたってのこの労力が、何にもまして、学術書としての本書の価値を盤石なものとしていることを強調しておかねばならない。
雑誌は、「職業婦人」の成功イメージを、あるいはリスクを、読者に訴える。「事務・サービス系」が、職場での異性からの誘惑やトラブルと結びつけられて語られるのに対して、必ずしも職業へと直結しない「たしなみ系」や「専門・技術系」は、その先にある「結婚=幸せな主婦」につなげて、その「成功」イメージを付与される。また、新聞の悩み分析の記事からも、職場の悩みの社会問題化が回避され、非政治化し、恋愛・結婚に集約されることが示される。
こうした言説は、女性解放運動が一定の高揚を見た第一期から、社会運動が弾圧され戦争へと向かう中で、好景気を背景として女性の労働機会が広がる第二期に、変容する。職業に就く女性は増加しても周辺労働にとどまり、また、公領域から排除しようとする傾向が強まる。同時に、職業婦人の「成功」が家庭に回帰することであるという「良妻賢母」主義に接続し、女性のアスピレーションも、そこに包摂されていったという指摘は、現在の日本の女性の地位の源流を示すものであり、こうした結論に至る考察は示唆に富む。
女性の働き方に関する仕組みや世間の反応は、今なお、研究対象とされた時代と大きく異なってはいない。生きづらい女性が、状況を変えるための声を持つ契機の一つとして取り組んだというこの研究が、研究においても現状に対しても「水滴石を穿つ」役割を果たすことを期待したい。
以上の事から、委員会では、本書が、日本教育社会学会奨励賞にふさわしい業績であると認め、受賞作と決定した。
2)都島梨紗『非行からの立ち直りとは何か 少年院教育と非行経験者の語りから』(晃洋書房 2021)
本書は、少年院での長期にわたる授業の参与観察と、少年院経験者への直接的かつ継続的なインタビューにもとづき、非行少年の「立ち直り」について考察した優れた実証研究である。
少年院など矯正施設での公的な処遇についての研究が、近年散見されるようになったが、当事者の側からの、少年院での処遇と出院後の経験を聞き取った研究は少なく、この研究領域において本書が切り開いた新たな知見や、さらなる研究可能性への貢献が高く評価された。
とくに非行少年の「立ち直り」とは何かについての知見は、通常の理解を超えて新たな視点を明示した点で意義がある。
非行少年の「立ち直り」は、「ある時点から犯罪行動を一切しなくなること」ととらえる立場と、「生活の回復を図り『よき人生を送る』こと」という異なった立場がある。本書は、後者に軸足を置きつつも、非行少年のインタビューから、当事者にとって「よき人生」は多様であること、また、否定的ラベルから解放され、傷ついたアイデンティティを回復する過程なども含まれることを明らかにし、「立ち直り」とは自らの生活スタイルをコントロールする主体になっていくプロセスであると指摘した。矯正施設との関係だけでなく、非行少年の立ち直りを、当事者の生活の側面から広く考察し、位置づけた点で、これまでの少年非行研究に新たな展開をもたらしたといえる。
また注目すべき知見は、こうした「立ち直り」の定義にとどまらない。
興味深いのは、第一に、非行少年にとっての仲間集団の意味が、重層的に示された点である。少年院では、自己の無力化と再編成を通した「健全な」アイデンティの変容を目指した矯正教育が行われるが、非行少年の態度の変容は、必ずしもこのようなフォーマルなカリキュラムによるものではなく、それは仲間集団を意識下に置いたタクティクス=偽装であることが示される。一方で、非行少年にとって、少年院への入所は<通過儀礼>であると位置づけられ、少年刑務所に入るのとは区別されている。また、出院後には、就職や生活などで互いに支えあい、さらには、同じような境遇の子どものモデルとして自己の役割を見出す点など、非行少年にとって仲間集団のもつ両義的意義が浮き彫りにされた。
第二に、加害者である非行少年の一部は、彼らの基本財を剥奪される虐待のような関係性を過去に経験しており、加害者であると同時に被害者でもあることも明示された点である。加害者-被害者のカテゴリーが状況に応じて変動的であることが示され、非行少年に「加害者」を意識させるだけの教育では一面的にすぎないという、矯正教育への捉え返しも指摘されている。
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